2012年5月2日水曜日

東京都神経研: 神経ウイルス感染症


神経ウイルス感染症

1.ウエストナイルウイルス

ウエストナイルウイルスはフラビウイルス科フラビウイルス属に属し、ウエストナイル熱やウエストナイル脳炎の原因となるウイルスです。このフラビウイルス属には日本脳炎ウイルス、セントルイス脳炎ウイルス、ダニ媒介性脳炎ウイルス、黄熱ウイルス、デングウイルスなどが属しています。もともとフラビは黄色という意味で、黄熱病になると黄疸のために目や皮膚が黄色く見えることに由来しています。また、ウエストナイルウイルスという名前は1937年このウイルスの最初の分離がなされたのがウガンダのウエストナイル地方であったことに由来しています。1990年代後半以降にルーマニア、ロシア、イスラエルなどで流行があり、1999年以降は北米にも拡がり注目を集めるようになりました。現在ではこのウイルスはアフリカ、ヨ� ��ロッパ、中東、中央アジア、西アジア、北米に分布しています。アメリカに侵入したウエストナイルウイルス(ニューヨーク株)はこれまで流行していた株と比較して増幅動物であるトリに対する病原性が強いこと、ヒトに感染した場合に髄膜炎・脳炎の発症率が高いことが明らかになってきており、毒性の強い株であるとされています。日本ではまだウエストナイル熱、ウエストナイル脳炎の発症例は報告されていません。しかし航空機などにより人や物資の出入りが頻繁になった現代では日本へのウイストナイルウイルスの侵入がないとは断言できません。


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2.ウエストナイルウイルスの伝播経路

フラビウイルス属のウイルスは節足動物媒介性で、ヒトへの感染はカやダニを介して感染します。ウエストナイルウイルスの場合媒介するのは主にイエカで、自然界ではトリとカの間で感染環が成立しています(図14)。ウエストナイルウイルスに感染したトリは高いウイルス血症(血液の中に高濃度のウイルスが存在する状態)になるので、トリはウエストナイルウイルスの増幅動物となります。ウエストナイルウイルスに感染しているトリから吸血したカがウイルスに感染し、感染したカが別のトリにウイルスをうつします。感染しているカがヒトやウマを刺すことによりこれらの動物にも感染します。ヒトやウマは感染しても低レベルのウイルス血症になるだけなので、通常感染したヒト、ウマを吸血したカが感染することはなく、� �トーカーヒト、あるいはウマーカーウマという感染環は成立しないとされています。そのためヒトやウマは終末宿主と呼ばれます.

ウイルスをもっているカにヒトが刺されると多くの場合不顕性感染に終わりますが、20%程度のヒトに症状が現れます。症状が出るヒトでは、2から14日の潜伏期間の後、高熱、頭痛、筋肉痛、吐き気、発疹などを発症します(ウエストナイル熱)。これは1週間程度で回復します.しかし、感染者の150人にひとりの割合で脳炎、髄膜炎を発症します。高熱、頭痛、麻痺、昏睡、痙攣などを症状とします。脳炎は高齢者に多く、死亡するのは感染者の1,000人に1人程度です。

3.ウエストナイルウイルスの構造、抗原性

ウエストナイルウイルスの粒子構造の模式図を図15に示しました.直径約 50nmのエンベロープを持ったウイルスです。エンベロープにはEタンパクと Mタンパクの2種類を有します。その内部にはCタンパクのカプシドがあり、 中には約11kbのプラス鎖RNAが入っています。


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表面に出ているEタンパクがウイルスの抗原性などを決定しますが、ウエストナイルウイルスのEタンパク遺伝子の解析からこのウイルスはフラビウイルス属の中でも日本脳炎ウイルス、セントルイス脳炎ウイルス、マレー渓谷ウイルスと近縁の関係にあり、オーストラリアに分布するクンジンウイルスが最も近い関係にあることがわかりました(図16)。これらのウイルスに対する抗体はこのグループのウイルスの間にも反応する交叉が起こります。これらのウイルスを日本脳炎血清型群と呼んでいます。デングウイルス、黄熱ウイルス、ダニ媒介性脳炎ウイルスはより遠い関係にあります。

4.ウエストナイルウイルスの複製

ウエストナイルウイルスの細胞中での複製の仕組みを図17に示しました。このウイルスのレセプターはまだ明らかにされていません。レセプターと結合したウイルス粒子は細胞内に侵入し、エンドソーム内のpH低下に伴って脱殻します。細胞質内に放出されたウイルスRNAからウイルスタンパクの翻訳が開始されます。ウエストナイルウイルスはC, prM, Eの構造タンパクの他、NS1,NS2A, NS2B, NS3, NS4A, NS4B, NS5の非構造タンパクの遺伝子からなっています。ウイルスタンパクはひと繋がりのポリプロテインとして翻訳されますが、ウイルス自身がもつプロテアーゼや宿主細胞の持つプロテアーゼによって切断されて個々のタンパクとなります。NS5(RNA-dependent RNA polymerase)などの非構造タンパク質を使用してプラス鎖RNAからマイナス鎖RNAが合成され、さらにマイナス鎖RNAからプラス鎖RNAが合成されます。プラス鎖RNAはゲノムRNAとしてCタンパクとヌクレオカプシドを形成します。細胞内でエンベロープに取り込まれてウイルス粒子となりエンドソームと細胞膜の融合により細胞の外へ放出されます。


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ヒトの個体内ではウイルスの伝播は完全には解明されていませんが、次のように考えられています。感染したカの吸血の後、ウイルスは局所の皮膚やその付近のリンパ節で増殖します。これによってウイルス血症を起こし、全身の網内皮系細胞に感染して増殖して二次ウイルス血症を起こし、ウイルスは血行性に中枢神経系に侵入すると考えられます。感染が起こると脳炎・髄膜炎を引き起こします。

5.診断

渡航歴などからウエストナイル熱やウエストナイル脳炎が疑われる場合の診断としては病原体の検出や血清診断が行われます。培養細胞を用いて血清や脳脊髄液からウイルス分離試験をおこなったり、RT-PCR法によりウエストナイルウイルスRNAを検出することを行います。

血清診断はウエストナイルウイルス特異的なIgMやIgGを検出します。ウエストナイルウイルスは他の日本脳炎血清型群のウイルスと交叉反応を示すので日本脳炎ウイルスなどに対する値よりも高い値を示すことを確認して行われます。

6.防御

ウエストナイル熱、ウエストナイル脳炎が発症した場合、これらに対する特異的治療法はなく対処療法のみです。またワクチンはまだ開発されていません。日本にはまだウエストナイルウイルスは侵入していないので、予防としては流行地へ行った場合、カとの接触を避けることが重要です。皮膚の露出をなくしたり、カに刺されないように工夫することにより感染の機会を減らすことができます。


現在ワクチンの開発も進められています。類似のウイルスである日本脳炎ウイルスにはすでに有効なワクチンがあるので、ワクチンの開発は可能であると考えられています。血中中和抗体により感染は防御できると考えられるので不活化ワクチン(培養細胞などでウイルスを培養、精製した後ホルマリンなどで不活化したワクチン)、キメラウイルスワクチン(黄熱ウイルスや日本脳炎ウイルスの弱毒ワクチン株の一部をウエストナイルウイルスに組換えたワクチンで、弱毒性を保ったままウエストナイルウイルスに対する免疫を誘導することができる)、DNAワクチン(ウイルスのEタンパクなど一部分を発現するプラスミドを使用するワクチン)などが有効ではないかと考えられます。有効なワクチンの開発が待たれています。

7.我が国に定着している脳炎を起こすその他のフラビウイルス

日本脳炎 : 日本脳炎ウイルスは極東から東南アジア、南アジアにかけて広く分布しています。現在日本ではワクチンの接種により大きな流行はなく日本脳炎患者の発生は年間10人以下になっています。日本脳炎もウエストナイルウイルスと同様にカによって媒介されますが、ウイルスを増幅する動物はブタです。

ダニ媒介性脳炎 : ロシア春夏脳炎ウイルスや中央ヨーロッパ型ダニ脳炎ウイルスなどが存在します。世界では毎年6,000人以上の発症者があり、半数以上はロシアで発生しています。我が国でも1993年に北海道でダニ媒介性脳炎患者が報告され、ノネズミなどからもウイルスが分離されました。我が国にもこのウイルスが定着していることを示しており警戒が必要です。


8.最後に

急性の神経ウイルス感染症は非常に恐ろしい病気です。人の運動、感覚、思考などを司る神経系を標的として感染し、その機能にダメージを与えるので後遺症が残った場合も深刻な状態をもたらします。従ってそれぞれのウイルスに対するワクチン開発、抗ウイルス剤の開発や疫学調査は非常に重要です。しかし、ひとつのウイルスに対する対策ができても新たなウイルスの出現が待っています。神経に感染し病原性を持つウイルスは感染の共通原理が存在すると考えられます。このようなウイルス感染の基本原理を解明し、感染症を防ぐための方策を見つけることを目標として東京都医学研究機構では研究を行っています。



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